キャリアを知る

株式会社トクヤマデンタル つくば研究所 木村 幹雄

入社1〜5年目 初の製品化に成功、フランス・ニースでの国際学会で発表

就職活動では、木村は学生時代の専攻と近かった農薬関連の部署を希望。ところが配属となったのは、素材メーカーであるトクヤマでは唯一の最終製品を開発する歯科材料グループだった。入社当時、「自分の開発した製品を使ってもらう喜びは大きい」と聞かされていた木村だが、その当時は「そんなものか」と実感はあまり沸かなかった。
そして入社2年目、歯科用貴金属接着用プライマー(表面改質剤)を担当することになった木村だが、実際の開発は上司と木村の二名という体制でのスタートだった。上司との二人三脚でスタートしたプライマーの開発は、まずはじめに接着性を高めるという課題があったが、幸いなことにそれは比較的早くクリアされ、順調な滑り出しを見せた。しかし、最後の毒性試験で思うようにいかず苦戦。歯科材料は口腔内で使用されるため、厚生労働省の認可が必要となる。認可を得るまでの期間も半年から1年ほどで、新しい技術を用いているほど長い時間がかかる。開発は行きつ戻りつの繰り返しで、結局、上市が決まったのは入社から5年後のことだった。それだけに、初めて製品化した喜びは大きかったと話す木村。しかしそれだけではない。接着用プライマーに用いるモノマー技術で特許を取得し、それをフランスのニースで開かれた国際歯科研究学会(IADR)で発表するという成果を成し遂げたのだ。

入社5〜9年目 プレッシャーを乗り越え、分社化第一号製品を開発

初めて製品化したプライマー「メタルタイト」の上市直後、入社5年目の秋から携わったのは、口腔内で硬化する歯科用接着剤の開発だった。接着性と操作性の両立を成し遂げ市場の風穴をあけることが課題であったが、木村自身が感じていたプレッシャーは他にもあった。それは、2001年に歯科事業部門が分社化することが決定し、木村が担当していた開発テーマが分社化第1号として筆頭に挙がっていたのだ。加えて私生活面でも妻の妊娠が分かり、「これは絶対に遅らせられない」と強く思ったのだという。
それからは時間との戦いだった。木村と部下の二人で寸暇を惜しんで一心不乱に実験に取り組む日々が続いた。そして分社化から1ヵ月後、晴れて「マルチボンド」の製品化に成功。新規重合触媒システムを開発したことが製品化につながったのだ。その1年後の2002年には再び国際歯科研究学会で発表。新規重合触媒システムの開発で社長賞も受賞することになった。

入社9〜10年目 転機としての海外留学、大きな財産を得る

入社9年目を迎えた木村は、また一つ転機を迎えることになる。アメリカでの事業拡大をめざす戦略の一環として、テキサスに留学することになったのだ。歯科材料は海外が主なマーケットであり、とくにアメリカの市場は大きい。ちょうど2002年の春にアメリカ、サンディエゴで国際歯科研究学会に参加した木村は、テキサス大学の著名な教授と接触ができ共同研究を願い出た。教授からは二つ返事で承諾を得る。そして約1ヵ月間、共同研究のためにテキサスに滞在することになった。しかし会社からは「せっかく行くなら1年ぐらい行ってこい」と背中を押され、木村はテキサス大学に1年間留学するというチャンスを得たのである。
事業戦略の一環として、共同研究や人脈づくりを目的とした国際学会出席だったが、それをきっかけに留学経験ができたのは幸運だったと木村はいう。当初、慣れない土地での生活に苦労はあったが、英語力、そして貴重な人脈という大きな財産を得たのだ。

現在 海外市場を見据えた研究開発活動、夢は世界で認められる製品を

テキサスから戻り、木村は歯科用接着剤のグループリーダーとなった。開発からは一歩離れ、マネージメントを任されるようになったのだ。夢は「世界中で認められる製品を数多く開発すること」。歯科材料の製品サイクルは速く、競合メーカーも多い。いくらいいモノを作っても評価機関やオピニオンリーダー(医師)に評価されなければ販売に結びつかないという難しい面がある。そのためにも一人ひとりの研究員が海外を見据えて、情報収集や人脈づくりを行う必要があるのだと木村はいう。近々、木村のグループでも若手研究員らが海外で行われる国際歯科研究学会に参加することが決定している。

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