R&D

製品開発物語

パルフィーク

課題の本質を見極め、地道に解決していった

1980年、歯科医向け歯科材料の開発グループが発足し、これまでイオン選択性材料の研究をしていた私に、歯科充填修復用複合レジン開発の命が下った。しかも発売期限は2~3年以内。歯科分野の知識が全くない私に、だ。歯科材料の何たるかを調べることから始め、工業材料学以外に歯科組織学、歯科臨床学などの知識も必死に学んだ。歯科医との意思疎通には、専門用語の理解が必須であった。30歳の秋のことだった。

まず複合レジンの機械的物性の向上を開発目標とし、中でも圧縮強度を高めるため、複合レジンに使う無機フィラーの形状・粒子径が物性に及ぼす影響を検討した。その結果、上司が提案した粒子径がサブミクロンである非晶質シリカ球状粒子が最も好ましいという結論にたどり着いた。しかし、それでは低屈折率の非晶質シリカと高屈折率のアクリル樹脂からなる複合レジンが不透明になり、天然歯の色合いに調和しないという本質的な課題に早々にぶちあたってしまった。

OB 湯浅 茂樹さん

歯の色は白と思っている人が多いが、その色合いは千差万別だ。修復跡がそれと識別できるようでは製品にならない。「何とかしなくては」と自ら行った予備実験1回目で、屈折率を制御できる球状粒子を偶然にも得た。「何だ、簡単じゃないか」。しかし、2回目以降はその粒子がなぜか現れない。結局、半年近く試行錯誤し、シリコンと異種金属との複合酸化物からなる球状粒子とその合成技術を見い出した。目の前の霧がパッと晴れた瞬間だった。

次の段階では、製品コンセプトを改め、機械的物性以外のいくつもの課題に取り組んだ。課題の本質を見極め、地道に解決していった。同時に特許マップを完成させ、一連の基本特許と応用特許の出願も怠らなかった。そして、やっと臨床に耐える試作品を臨床医に提供できる段階になった。画期的な材料のため最初は好評であったが、次第に色調や操作性など厳しい評価が返ってくるようになった。

開発・製造・営業三者の総合力を結集し、ついに上市にこぎ着けた

開発当時の湯浅さん

我々は改善に改善を重ねた。10番目の試作品を提供したころ、多少の組成変更では要求される物性を満足し得ないと気がついた。いや、その前からうすうす気づきながらも、諦めたくなかったのかもしれない。しかし、時間がない。ここで、組成を根本的に変更する苦渋の決断をした。

それから程なくして、これまでの苦労が嘘のように要求性能に対する材料物性の制御範囲が一段と広がり、いくつかの試作品を出すことができた。そして、ついに合格点だ。別チームで並行して進めていた量産化技術も確立し、歯科医スタディーグループや大学での最終臨床評価の確認を得て、開発開始から3年3カ月、ついに上市にこぎ着けた。この複合レジンは、もう一つのチームが開発した具材(保護ライナー、接着材)と合わせたセット品(製品名「パルフィーク」)として、開発・製造・営業三者の総合力を結集して新発売、大ヒットとなった。

課題は何か、課題の重要性と序列、その解決手段は何かといった認識を全員が持つ

しかし、実はこれで終わりではなかった。解決が必要な要素技術が残っており、次の関連製品でその課題に取り組み、次々と上市し続けた。そして約7年の後、新しい技術を付加し一段と磨かれた製品(製品名「パルフィークエステライト」)として、鹿島工場技術担当の匠たちが見事に仕上げた。製品開発には常に仮説を立て、それを実証していく姿勢で臨んだ。課題は何か、課題の重要性と序列、その解決手段は何かといった認識を全員が持った。課題解決は24時間常に考えなければ、その答えは見い出せない。懸念される課題を後に残すと将来必ずしっぺ返しを受ける。重要な長期課題は早期に少しでも対応を始めておくことにした。特にリーダーの役割は大きい。

壁にぶつかった時に、早期解決するためにリーダーは存在する。必要なら予備実験もして、解決策を準備しておくことが重要である。なぜならば、開発にも納期があるからである。

パルフィーク(発売当時)

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