R&D

製品開発物語

電解質分析装置

この製品、詳しくは「イオン電極法による電解質アナライザー」と言い臨床検査で血液中のNa、K、Clなどの電解質を分析するのに用いられる。グループ会社の株式会社エイアンドティーが製造販売しており、現在も同社の事業の柱である。これに用いるイオン電極の開発が話の始まりである。

迷走の数年

33歳の頃、完成間もない藤沢研究所に異動し、「機能性イオン交換体」というテーマを私がリーダーとなったチームで引き継いだ。チームのメンバーは皆20代で、このテーマが入社初仕事となる面々だった。当時は歯科材料や農薬の開発プロジェクトが立ち上がりつつあったが、その後に続く「種」を探す研究を若い人たちに「何でもいいからやってみろ」という雰囲気があったように思う。

私は、この機に応用分野をイオン電極に絞った。臨床検査の分野でイオン電極が普及し始めていることが念頭にあったのである。開発は難度が高いK電極から始めた。ポイントはKを選択的に識別できる化合物の開発である。そのころ一般的にK電極には、放線菌から抽出されるバリノマイシンという天然化合物が使われており、当時の技術レベルでは完璧な電極とまで言われていたものだ。しかし、我々はその天然化合物に挑んだ。自分たちの持つ有機合成の技術で「自然の技を超えたい」そんな思いだった。ただ思いは募るもののこれが大苦戦。表に出ずに消えていった化合物は数百にものぼり、3年ほどは実用レベルに全く届かなかった。この頃を表現すれば「迷走と悶々」か。

OB 緒方 隆之さん

開発当時の緒方さん

突破口が開かれたのは3年目の終わり頃、「クラウンエーテルという大環状化合物に平面状の置換基を付加する」というアイディアに到達してからである。悶々としているさなか、読み込んだ2つの論文に、更に分子組織化という概念を導入したらと思ったのである。このアイデアを契機に進歩は急になる。そして、1983年の秋頃には耐久性も満たし実用化可能かというレベルまできた。続いてNa電極の開発も行ったが、これはK電極と同じ考え方を応用し、半年程度でめどがついた。そしてやがて別に行っていた「合成二分子膜」という探索研究からCl電極が生まれた。

1986年5月社内報「とくそう」より

AICとの出会いと共同開発プロジェクト、そして上市へ

その頃、東京本部におられた三浦さん(後のトクヤマ社長)からベンチャーの臨床検査機器メーカーであった株式会社アナリティカルインスツルメンツ(エイアンドティーの前身、以下AIC)との電解質アナライザーの共同開発の話が持ち込まれた。K電極にやっとめどが立った頃である(AICとは偶然の出会いであったと聞く)。電極だけでなく最終製品に関わるチャンスと、全く躊躇はなかった。AICとのジョイントは、この仕事が飛躍する最大の契機となった。輸入機を含めれば15番目程からの最後発であった。開発した電極が従来品に比べ圧倒的に速い応答性を持つことを踏まえ、アナライザーの仕様は、当時の水準の2倍を超える高速機に設定された。従来の電極では、応答速度の制約から1時間あたり60~80サンプルを分析するのが限界だったが、我々の電極は最大で180サンプルまで分析が可能。その上、測定が正確で値のばらつきが少ない。その強みをもって狙いは大病院、市場の中央突破である。

このプロジェクトはトクヤマがケミカル、AICがハードという分担であったが、立会い実験を徹底して重視し、課題の共有化を図った。おかげでケミカルとハードの壁を感じることは全くなかった。AICの人たちの、完成を目指してひたすら頑張るたくましさと前向きな姿勢は、心に強く残っている。上市、その後のフォローまで山あり谷あり、全国の病院を飛び回る多忙を極める数年間であったが、苦労したという感じはほとんど残っていない。残ったものは全力疾走した満足感と爽快感である。

電解質アナライザー概観

最高のタイミングでの参入

病院での性能評価には、トップレベルの評価技術を持った5つの病院が参加した。その結果が発表された1985年秋の臨床検査自動化学会での反響は、まさにセンセーショナルなものとなった。その2、3年前からイオン電極法の問題点が次々に指摘されはじめ、議論が頂点に達していた。スピードと正確性を兼ね備えた新技術での我々の参入は、まさにその時であった。

上市の次の年、クラウンエーテルを最初に発明したC.J.ぺダーセンがノーベル化学賞を受賞した。我々の仕事はその最初の実用化例となった。

おわりに

四球でも振り逃げでも塁に出たいと思っていたあの頃、当時の尾上社長に「まず1億円が目標だね」と言われたのを思い出す。今のトクヤマの開発テーマは大がかりで難易度も高いものが多いと思うが、やり遂げてほしい。大事なものは勇気、体力、忍耐力。後輩の皆さんの健闘を心から願っている。

※電解質分析装置は、日本化学会化学技術賞、近畿化学協会化学技術賞、科学技術庁長官賞を受賞している。

人間の細胞は、適度な濃度の電解質の存在によって維持されており、血液中の電解質濃度測定は、病院の臨床検査部門において、最も基礎的かつ重要な項目になっている。

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