経営シミュレーター「T-FORCE」開発物語

Project Member
-
Masahide Yamamoto山本 政英
工場企画運営グループ
2001年 新卒入社
工学研究科 エネルギー理工学専攻 修了 -
Megumi Nomura野村 恵
トクヤマソーダ販売 西日本営業部 出向
2001年 新卒入社
理工学部 応用化学科 卒 -
Takafumi Tatsukawa立川 敬史
生産技術センター 兼 DX推進グループ
2007年 キャリア入社
工学研究科 応用化学工学専攻 修了 -
Takayuki Minamiura南浦 孝之
DX推進グループ 兼 経営企画グループ
2009年 新卒入社
文学部 人文学科 卒 -
Shunsuke Imai今井 俊輔
生産技術センター 兼 ITソリューショングループ
2013年 新卒入社
工学研究科 化学工学専攻 修了
Chapter
01
トクヤマDX

「徳山製造所の大きな強みである“インテグレーション”が、今後、弱みになるかもしれない……」。プロジェクトリーダーを務める山本 政英は、プロジェクト立ち上げ当初、不安を募らせた。
トクヤマでは、2020年11月からDX推進プロジェクト「トクヤマDX(TDX)」に全社をあげて取り組んでいる。研究開発や製造、ワークスタイル、コーポレートなど8つのカテゴリーにおいて25の個別施策があり、山本が携わっているプロジェクトもその一つだ。徳山製造所の所長がマネージャーとなり、プロジェクトリーダーである山本を含めた数名が進捗管理などを担う。そのほか製造部門、設備部門、経営企画など各部署から集まった代表者、そして外部コンサルタントを加えたメンバーでチームが構成されていた。

安全を大前提に、最適な運営をDXで実現する──。この徳山製造所の“あるべき姿”を具現化するには、何を改善すればいいのか。潜在的な課題まで洗い出し、施策の内容を丁寧に検討していきました。その過程で浮かび上がってきた大きな課題が“インテグレーション”でした。
徳山製造所最大の特徴であり、競争力の源泉ともいえるのが、“集積”を意味するインテグレーションだ。具体的にはどのようなものなのか。
たとえば、トクヤマのつくる苛性ソーダの製造工程には「食塩電解」がある。そこで副産物として発生する水素や塩素を、電子先端材料の製造に活用している。また、製品の製造過程で生まれる廃棄物や、自家発電所で発生した灰はセメントの原料として再利用する。さらに、発電時に発生する蒸気も無駄にすることなく、さまざまな製品の製造工程で利用されている。
このように徳山製造所では、各マテリアルやユーティリティがプラント間で密接に連携することで、高効率な生産体制を確立しているのだ。しかし、重大なトラブルが発生した場合や事業を取り巻く環境が大きく変化したとき、このインテグレーションが事業成長の制約になる可能性があった。

たとえば、発電所を動かすための燃料が入手しづらくなったり、発電所のトラブルで発電量が大きく下がったりした場合、優先順位をつけながら一部の製造プラントの稼働を停止して、電力の消費を抑えます。

トラブル発生時には可能な限り損害を最小限に抑えられるよう、すべてのプラントの運用方法を迅速に判断していくことが重要になる。ただ前提として、生産量や製造状況、エネルギー使用量など、さまざまな情報を詳細に把握しておかなければ対応は不可能だ。山本とともにプロジェクト初期からメンバーとして参画していた野村 恵はこう補足する。

当時、事業ごとの細かい情報は、各事業部門、もしくは各部署でしか把握していませんでした。緊急時は、部門個別に情報を集めてから分析しており、効率性が極めて低かったのです。
今後世界的に加速していく脱炭素化による影響を指摘するのは、経営企画グループの一員としてプロジェクトに加わる南浦 孝之だ。日本では2028年度から化石燃料を輸入する企業に対して、CO2排出量に応じて課金する炭素賦課金制度が導入される予定である。脱炭素が世界の共通目標となっている現在、そこに対する企業の取り組みはステークホルダーからの評価にも関わってくる。

現状では、すべてのプラントの能力をフルに使って生産し、販売するのが当たり前となっています。CO2排出量に応じて税金が課されるとなれば、原料や製造工程によっては生産するほど利益が下がってしまう可能性が出てきます。しかし、炭素税など外部環境の変化を見越してプラント運営の最適解を導き出す術はありませんでした。特に、インテグレーションが複雑に絡み合っている徳山製造所では、検討と算定に膨大な時間と労力が必要になります。
2023年初頭、山本たちプロジェクトメンバーは、こうしたさまざまな課題をシミュレーション技術を駆使することで解決しようと動き出したのだった。
Chapter
02
仕様検討

環境変化への最適な対応策を事前に把握すること、そして緊急時の最適な対処法を迅速に導き出すこと。これらを実現するシミュレーター開発のために、まずは仕様検討(システム要件の洗い出し)に着手した。ところが、ここでもインテグレーションが大きな壁となってしまう。

トクヤマにおけるマテリアルやユーティリティなどの連携は極めて複雑なものでした。そこをシステム開発を担うベンダーに理解してもらわないことには、精度の高いシミュレーターをつくることはできません。しかも、プラントや製造に関わる情報の中には、社外秘なものも多く含まれています。コンサルタントも交えて解決策を探っていたのですが……。
2025年中の完成を目指してシステム要件の洗い出しを進めていると、経営陣からのある知らせが届いた。それは「2026年度からスタートする中期経営計画の策定にシミュレーターを活用したい」という強い要望だった。中期経営計画の発表時期から逆算すると、年内の2023年末までに完成しなければならないことになる。

シミュレーション対象は主要プラントと発電所のみとして製品数を限定。計算する対象期間も年単位とし、当初想定よりも機能を大きく絞り込みました。それでもプラント稼働の組合せは無限に近く、その中から最適な稼働パターンを導き出すことは極めて難易度が高いものでした。残された期間も少なく、2023年内に完成させるとなると、難易度的にも時間的にも厳しいことに変わりはありませんでした。

ここで、プロジェクトメンバーは大きな決断をすることになった。外部のシステムベンダーに開発を依頼するのではなく、自社開発に舵を切ったのだ。理由は二つある。一つは、外部に依頼するにはあまりにも時間がなかった。ベンダーに一からトクヤマの「インテグレーション」を理解してもらうだけで相当な時間が必要だった。
もう一つは、生産技術センターが開発を進めていた「プラントデジタルツイン」のノウハウを活用できそうだったからだ。プラントデジタルツインとは、実際のプラントを仮想空間内に再現して、さまざまなシミュレーションを行うことができるツールだ。
従来、設備の改造や増設を行うには検討するだけでも長い時間を費やした。製造条件が変更されても製品の品質は守れるのか? 製造コストは? リスクは?……。検討事項が多く、結局リスクを考慮して保守的なアクションに落ち着くケースが少なくなかった。
プラントデジタルツインを活用すれば、仮想空間でさまざまな条件をスピーディーに試すことができる。そして最適な方法を現実にフィードバックすることで検討の時間を削減できるだけでなく、より良い成果を得られる可能性が高くなる。そこで、生産技術センターへ打診することになった。

打診の知らせを聞いたとき、二つ返事で承諾しました。時間的な厳しさはありましたが、私たちのノウハウを駆使すれば実現できると判断しました。
こう語るのは、生産技術センター 兼 DX推進グループの主幹を務める立川 敬史だ。立川のグループでは、コンピュータシミュレーションによって既存プラントの改善検討やトラブルの原因究明などに取り組んでいる。プラントデジタルツインについても、これまで積み上げてきた知見があった。何より、頼りになるメンバー・今井 俊輔の存在が立川の背中を押した。
今井はAIやデータサイエンス技術を使って社内のさまざまな課題解決に取り組んでおり、その実力は立川も高く評価している。

生産技術センターとして、すでに発電所の電力供給を最適化するアイデアがありました。その仕組みを応用することでシミュレーターをつくれるのではないか、と。立川が要件の洗い出しや整理を担い、私がそれを具現化する──。役割が明確だったため、自分のミッションに集中することができました。
今井はわずか3カ月でシミュレーターのプロトタイプを仕上げた。開発をすべて一人で担ったことを思えば、驚異的なスピードだった。その後、検証とブラッシュアップを繰り返し、期限通り2023年末までに経営シミュレーター「T-FORCE」を形にすることに成功したのだった。
Chapter
03
続く道のり

今も「T-FORCEシリーズ」の開発は続いている。中期経営計画策定に向けて「T-FORCEバージョン1.0」を仕上げたが、理想の機能に行き着くには解決しなければならない課題があった。対象の細分化、多様な外部環境を条件設定できる機能の付与など、より実用性の高いシミュレーターを「T-FORCE」の名称を冠して、開発・展開していく予定だ。

開発は順調に進行しています。それもこれも開発を内製化したことで、知見やノウハウを社内に蓄積できたおかげです。また、生産技術センターのレベルの高さを再認識できたことで、より高みを目指せるのではないかという欲も出てきています。

生産技術センターとしても多くの気づきや知見を得ることができました。本プロジェクトを通じて、これまで接点の少なかった部署や現場の方々から話を聞く機会を持てました。このつながりは貴重な財産だと思っています。何より開発を内製化し、やり遂げたという事実が大きな自信につながっています。
立川はキャリア採用でトクヤマに入社した。前職との文化の違いにも驚かされたという。

これほど重要なプロジェクトの進行管理や開発の内製化を、数名の担当者が担うということにまず驚きました。これも「チャレンジを後押しする」というトクヤマの社風を表す一つの特徴だと思います。トップである社長も常日頃「自分たちで考え、動き、どんどん改善していこう」と話しているくらいですから。もちろん大変なこともありますが、やり遂げたときの喜びに比べたら微々たるものです。

「T-FORCE」の内製化が決まった頃、別の部署に異動となり本プロジェクトから離れた野村は、開発が今も続いていることを感慨深く見ている。

「T-FORCE」の要件検討では、プロジェクトメンバーでもそれぞれに意見が割れて難航する場面もしばしばあったので正直なところ、多様な意見や要望を取りまとめ、内製化するのは非常に大変なことだろうと思っていました。それが今となってはちゃんとした形になっている。さらには現在より高度なシミュレーター開発に挑んでいる。本当にうれしいことですね。
南浦は本プロジェクトの成果をまた違った視点で見ていた。「T-FORCE」が社員の意識改革につながるのではないか、と。

製造所運営の最適化については、誰もが何年も前から課題に感じていましたが、なかなか行動に移せず、後回しにされてきました。今回「T-FORCE」の開発を通じて部門横断で多くの社員が関わったことで、徳山製造所、ひいてはトクヤマという会社を俯瞰的に見直すきっかけになったと思います。「トクヤマは変わっていかなければならない」という意識を多くの社員が持てたのではないでしょうか。

複雑なインテグレーションという課題を乗り越え、未来を予測する「T-FORCE」を開発できたこと。それは間違いなく“不可能を可能にした”大きな快挙です。そしてこの一つのツールが多くの社員の意識改革にまでつながれば、その価値は計り知れない重さを持つことになると考えています。
変わり続けるトクヤマ──。激動の時代を、これからも勇気を胸に突き進み、総合化学メーカーとしての存在意義を果たしていくことになるのだろう。
