台湾IPA製造工場新設プロジェクト
飛躍の礎を築くために

Project Member
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Akira Sera瀬良 彬
台塑德山精密化學股份有限公司董事 兼 工場長
2007年 新卒入社
自然科学研究科 物質生命工学専攻 修了 -
Soichi Kanda神田 壮一
EPCグループ
2007年 新卒入社
工学部 機械工学科 卒 -
Nariki Mochimizo持溝 成大
化成品第二製造部第一課製造係
2009年 新卒入社
機械科 卒 -
Hiroto Aoki青木 洋人
台塑德山精密化學股份有限公司
2010年 新卒入社
工学研究科 応用化学専攻 修了
Chapter
01
シェア拡大に向けて

台湾IPA製造工場新設プロジェクト──。その技術責任者を務め、顧客対応を担当した青木 洋人は、台湾工場の製造プラントから最初に出てきた製品のサンプルを、今も大切に保管している。乳白色の半透明な容器に入った透明な液体。IPA(イソプロピルアルコール)だ。
トクヤマの電子工業用高純度IPA「IPA SE」は、プロピレンと水を直接反応させる独自製法によって99.99%以上という非常に高い純度を有する。半導体・ガラス基板などの洗浄や乾燥などに使われ、電子デバイス製造市場において高いシェアを獲得している。世界トップクラスの半導体受託生産企業であるA社とも長年取り引きが続いており、トクヤマはこれまで台湾のA社工場をはじめとするさまざまな台湾半導体デバイスメーカーに向けて日本国内で製造したIPAを台湾へ輸送し、納めていた。
現在、台湾工場の工場長であり、台湾に設立した新会社「台塑德山精密化學股份有限公司」の董事を務める瀬良 彬は2020年初頭の状況について、こう説明する。

世界的な半導体需要の急増を受けて、A社も増産体制の構築を進めていました。それに伴い、IPAを供給するトクヤマに供給量増加の打診がきました。トクヤマとしてもビジネス拡大の契機。前向きに検討していましたが、品質に対する要求が年々高まる中、日本で製造したIPAを台湾へ輸送する従来のビジネスモデルでは、A社の品質要求に応えられるだけの高い純度を維持し続けていくことが難しく、時ばかりが過ぎている状況でした。
輸送が難しいのであれば、台湾に製造工場を新設するという方法もある。しかし、トクヤマはIPAの原料であるプロピレンを所有しておらず、台湾に工場を建設するためのインフラも持ち合わせてはいなかった。
そこへ、長年にわたる技術交流などを通じ、深い関係性にあった台湾の大手化学メーカーB社との間で、合弁会社を設立して台湾でIPA製造販売事業を立ち上げないかという話が持ち上がった。台湾で高まる半導体需要にビジネスチャンスを感じていたB社も高純度IPAの製造技術を持つトクヤマとの協働に興味を持ち、合弁事業のアイデアは急速に形となっていった。

IPA製造技術と販路を持つトクヤマと、プロピレンおよび各種用役を所有し、工場用地や工場建設に必要な資材、そして現地工事会社とのパイプを持つB社がタッグを組むことで、お互いを補完できます。トクヤマはすでに台湾IPA市場で5割ほどのシェアを獲得していましたが、地産地消体制を整えられれば、6割以上のシェアを獲得できる見込みがありました。そして2020年7月に台湾IPA製造工場新設プロジェクトが立ち上がりました。
台湾IPA市場での存在感を高めるためには、A社の増産のタイミングに合わせて供給体制を整えることが絶対条件。工場を新設して高純度IPAの生産体制を整え、A社が要求する品質を満たしているというお墨付きを得た上で、A社が必要とする量を生産する。それを2022年下期をタイムリミットに達成しなければならなかった。
瀬良をリーダーとするプロジェクトチームに与えられた時間は、通常の工場新設プロジェクトよりも格段に短かった。しかも当時はコロナ禍で、人やモノの動きが大きく制限された。その中でB社と各種調整を行いながら、プロジェクトを進めていかなければならない。難度の高い挑戦だった。
Chapter
02
認識の相違

2022年下期というデッドラインを死守するためには、2021年の年明け早々から工場建設に取りかからなければならない。そのためにも2020年中に設計を終える必要があった。仮にトクヤマ単独のプロジェクトであれば、これまでに積み上げてきた知見と実績から期限内に設計を終えるのは不可能なことではない。
しかし、本プロジェクトはB社との共同事業。建設工事を担うのもB社が中心となるため、両社の間で意見をすり合わせながら仕様を決めて、設計や実際の工事へ落とし込んでいかなければならない。機械エンジニアの代表を務めた神田 壮一は振り返る。

B社との交渉はかなりハードなネゴシエーションとなりました。B社は石油化学プラントの建設経験しかなく、超高純度が求められる半導体用薬液プラントの工事品質レベルを理解していませんでした。
例えば、B社がこれまで製造してきた石油化学製品に対しては、配管内の清浄度に留意しながら据付工事を実施する必要は特にありませんでしたが、半導体用薬液製造においては工事中であっても配管内をきれいに保つことは当たり前のことです。こういった認識の違いから激論へ発展していくことが少なくありませんでした。
工事を受け持つB社としては、“工事のしやすさ”という視点から設計を考える。一方でトクヤマとしては品質厳守の観点から緻密な仕様を主張していく。本当にそこまでする必要があるのかというB社の疑問に対して、一つひとつ必要性を説明し、納得してもらわなければならなかった。

実は、私もIPAのプラントに携わるのは初めてで、台湾でのプロジェクトはもちろん合弁事業の経験もありませんでした。限られた時間の中で、さまざまな決断を迫られる場面が多く、プレッシャーの連続でした。それでも品質に関して妥協は許されません。試行錯誤の日々でしたが、何とか無事に設計は完了し、2021年1月からの工事着工に間に合わせることができました。
Chapter
03
自由な発想

2021年の着工後も安心してはいられなかった。コロナ禍の影響で資材の運搬が大きく制限された。加えて工事を担う現場作業員の数を確保するのも一苦労だった。新規プラントの立ち上げを行うために台湾入りした持溝 成大は、工事の進捗状況を知って焦りを募らせた。

当初、私が台湾に入った後は、各プラントの試運転などの立ち上げ作業を進める予定でした。そしてプラントの稼働を担う現地法人のオペレーションスタッフに各設備の役割や運転管理方法、特殊機器の操作手順などをレクチャーするはずでした。しかし、そんなことができる状況ではなく、試運転のスケジュールも白紙にして、組み立て直すことになりました。
持溝はすぐさま気持ちを切り替えた。自分の作業に入れるまでの時間を有効に使おうと、プラントに関する資料を見直し、効率的に立ち上げるための方法を模索。オペレーションスタッフとのコミュニケーションにも時間をかけた。

工事の進捗が遅れている中で、自分に何ができるのかを考えました。台湾では日本の常識は通用しません。あらゆる物事をゼロベースで試行錯誤しました。
日本では従来、すべてのプラント工事を終えたタイミングでまとめて試運転を行う。一方で本プロジェクトでは、工期を少しでも短縮するべく、工事を終えた設備から順次試運転を行っていった。油断できない日々が続いたが、持溝は毎朝工事の進捗状況を確認して設計図と照らし合わせ、あらゆる状況に柔軟に対応しながら進めていった。
その柔軟な対応によって、乗り越えることができたトラブルも少なくない。たとえば、硝酸を扱う設備から硝酸が範囲外に流出する事態が発生したときのこと。仕切りに使う板が鉄製だったために、酸によって溶けてしまったのが原因だった。

私たちの常識として、酸を入れる設備に鉄製の板を使うことはありえません。腐食に強いステンレス製のものを使います。しかし、プラントで酸を扱った経験のない作業員にそのような常識はありません。そこまで考えがいたらず「板で仕切って」としか指示しなかった私たちの落ち度です。細かく指示を出すこと、そして随時認識のすり合わせを行うことの重要性に改めて気づかされましたし、このトラブルによって工期が少なくとも1カ月は遅れると覚悟しました。

それでも、私を含む製造チームでアイデアを出し合いながら、硝酸の設備をほかと隔離し、工事を止めることなく修理対応していきました。その後も、それまでトクヤマで長年にわたって常識とされてきた手順や方法に捉われず、自由な発想でさまざまな場面を乗り越えていきました。そして工期を遅延させることなく設備の稼働に漕ぎ着けることができました。
Chapter
04
さらなる困難

試運転の効率化などで工事の遅れを吸収したことで、2022年7月にA社へサンプルを提出し、品質を評価してもらえる見通しが立った。まずは社内での品質検査を行う。結果は良好で、A社の品質要求をすべて満たしていた。そこでサンプルの正式提出に向けて事前確認をしてもらおうと、微量のIPAをA社に送り仮確認をしてもらった。だが、ここでまた新たな問題が発生する。

ある日、A社の担当者から連絡が入りました。「品質に重大な問題がある」と。一つの項目の数値が非常に悪かったのです。それは日本で製造して台湾へ輸送していた頃は一度も指摘されたことのない項目でした。
その知らせを聞いたとき、瀬良も含めて「そんなはずはない」と思った。事実、トクヤマ側で行った検査では異常な数値は出ていなかった。しかし、嘆いている時間はない。正式なサンプル提出まで、あと3週間ほど。すぐさま従来の検査方法とは別の方法で検査する。その結果、A社の指摘通り、対象の数値が非常に悪いことが判明した。
そこからは、プロジェクトメンバー総出で動き出した。瀬良と青木は原因箇所を究明するべく製造工程の各所で検査を実施し、どの工程から数値が悪化するのかを追求していった。
神田は、数値を悪化させている物質の侵入箇所を突き止めることに注力した。検査の結果、IPA精製工程以降で数値が悪化していることが判明。持溝ら製造チームが中心となってIPA製造・精製工程と出荷工程を分断して精製プロセスを単独稼働させ、不純物が取り除かれるよう運転条件を工夫した。その頃には神田も原因となる資材を特定し、根本原因を取り除くことに成功した。

精製プロセスの単独稼働のおかげで詳細なデータを取得でき、数値が徐々に改善されていきました。製品貯槽に溜まってしまっていた品質不良のIPAも再度精製させることで数値は改善し、サンプル提出期限に間に合いました。その後、A社の品質評価にもクリア。工場は無事、本格稼働のスタートを切ることができました。
本プロジェクトでは、メンバーそれぞれがいくつもの壁にぶつかりながらも、前向きに、かつ柔軟に対応することで乗り越えてきた。その集大成とも呼べる「団結力」を、最後の最後に再び発揮することになったのだった。

このプロジェクトに携わることができたのは最高の経験になっています。生産が開始されたときの感動は今でも忘れられません。そのときの製品サンプルは今でも大切に保管しています。
Chapter
05
成果

2025年現在、台湾工場は順調に稼働を続け、台湾IPA市場において当初想定した通りの実績を上げている。海外で短期間、かつ高品質のIPA製造の立ち上げを実現できたという実績は、今後トクヤマのIPA事業がさらに成長していくための礎となることだろう。

メンバー全員が最後まであきらめず、前向きに取り組み続けることができたからこそ、このプロジェクトは成功したのだと思います。サンプルの検査結果が悪かったとき、仮に精製プロセスの工夫で改善できなくても、あのメンバーだったら必ず別な方法を見つけ出していたと思います。そう信じられるチームでした。

全員がモチベーションを高く維持し、取り組めたこと。これも勝因の一つだと感じています。データの中から普通は見過ごしてしまいそうな事柄を導き出して、考えられる対応策はすべて試してみる。そして得られたデータを分析し、次の行動へつなげていく。誰もがそれを自発的に行っていました。あのメンバーでチームを組めたことを誇りに思います。
瀬良は2017年、マレーシア工場での事業撤退という苦々しい体験をしている。今と立場は違えど、気持ちがバラバラになっていくスタッフたちの姿や工場内に漂うあきらめムードに忸怩たる思いを抱いていた。「ああはなりたくない」。その思いが瀬良自身を突き動かしたのだった。

瀬良リーダーは誰よりも情熱を持ってプロジェクトに取り組んでいました。それを見て、私も含めメンバー全体の士気が上がったのだと思っています。

瀬良さんは随所で「やってみな」と背中を押してくれました。だからこそ、常識や前例に捉われず、新しい挑戦ができましたし、この経験が大きな自信になりました。このプロジェクトを経て、自ら考え、動くことでどんな困難も乗り越えられるのだと身をもって学ぶことができました。
その言葉をうれしそうに、そして、ちょっと気恥ずかしそうに聞いていた瀬良は、最後にこう結んだ。

今回のプロジェクトは30代、40代前半のメンバーが中心となって動かしてきました。それは、トクヤマが変わってきたことを意味しています。昔のトクヤマは良くも悪くも歴史ある日本の会社。私の年齢や実績で工場長を務めるなど考えられませんでした。
でも今は、年齢を問わず積極的に手を挙げればチャンスをもらえる会社に変わりました。大きな挑戦には困難が伴いますが、得られるやりがいは計り知れません。トクヤマの未来を担う若手社員も、ぜひ果敢に挑戦していってもらいたいと思っています。
